さくらねこ電車の脱線
更新 2017.02.18





あくまでセルフイメージですが、外来での私は多弁なほうだと思っています。
おまけに患者さんとお話をしていてよく脱線もします。
キビキビ、ビシビシと診察しようと思うのですが、時々関係ない方向に話が行ってしまうこともあります。
ふだんそうしていると、患者さんの方も、「そういった診察もありか・・・」と心得たものでして、
「先生、変なことを聞いてもいいですか?」
「よござんすよ」
となり、そこから、別の訴えなどをお話されることがあります。主訴とは別ですが、その患者さんにとっての別の困り事の解決が得られることもあります。
医者が脱線しているのだから・・・という妙な安心感があるのでしょうか?患者さんも脱線してくれてるような気もします。
ところで、認知症の診断でよく用いられる検査で「長谷川式スケール」というのがあります。
これは、正しくは「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」(以下、HDS-R)といいます。精神科医の長谷川和夫先生が1974年に開発。現在、わが国の臨床で広く用いられている認知症の検査です。簡便で短時間で行えるのが特徴です。
HDS-Rは、9つの質問からなり、総得点(満点)を30点とし、20点以下だと「認知症の疑い」と判定します。
この検査のなかに「さくら、ねこ、電車」という項目があります。
これは、「これから言う3つの言葉を言ってみてください。あとでまた聞きますのでよく覚えておいてください」という質問です。
3つの言葉には、「桜」「猫」「電車」があげられるのが一般的ですが、これにより「遅延再生(ちえんさいせい)能力を診断できると言われています。すなわち、数分前の出来事を記憶できないという、いわゆる認知症に特徴的な短期記憶障害があるかどうか、これでわかるというわけです。
日常診療において、患者さんとお話していていると「もしかしたら、この患者さんは認知症なのではないだろうか?」と感ぜられることがあります。
その際わたしは、話の合間にこの「さくら、ねこ、電車」を使います。
病気についてのお話している途中で突然に、「〇〇さん、話がかわって申し訳ないですが、いまからいう3つの言葉を・・・」といって「さくら、ねこ、電車」と繰り返します。それから、また、病気の話に戻り、しばらくした後に、「そういえば、さっき覚えてもらった言葉は何でしたっけ?」
とききます。
そこで、応えられれば、問題ないのですが、やはり答えられないことがあります。
これを、患者さん付添いの家族の前で行ってみたことがあるのですが、患者さんがきちんと答えられないときには、ご家族は「ああやっぱり」という顔をされます。
家族も患者さんが認知症であることに気づいている場合が多いようで、これがきっかけとなり、認知症の治療を始めることもあります。
さて、先日の外来で足の浮腫みや高血圧などで通院している80歳代の女性とお話をしていた際。
ふと「認知症?」と感ぜられる瞬間が有りました。
そこで、タイミングをみて「〇〇さん、話が変わって悪いけど、いまから3つの言葉・・・・」として「さくら、ねこ、電車」を繰り返してもらいました。
遅延再生能力を見るためには、その後、若干の時間をおいてから、「さっきの3つの言葉は何でしたか?」とやる必要があります。そのためしばらく雑談開始。
話は若干脱線しつつ、「足が浮腫む原因は・・・心機能が・・・甲状腺機能低下症が・・・」などと話を継続。
すると、受付から処方箋に関する疑義照会の確認電話。
「先生、さっき処方された患者さんの件ですが・・・」
「その薬は、日数合わせのために、わざと一週間分少なくしたのだから、それでいいですよ・・・」
などと返答。ふと気づくと、テーブルの傍らには診察を待つカルテが・・・
「待ッテマス・・・」
といっている。
「そろそろだな・・・」
「〇〇さん。困っていることは、ほかにありませんか?」とお聞きすると
「特に無い」と。
「では、薬を出しておきますから。次回は○○月✕✕日ですね。」
といって患者さんを送り出し、次の患者さんを診察。
その後数名の患者さんを診察していると、
「なんか忘れてなかった~?」
と心の声。
「あ〃!」
「・・・さくらねこ電車!」
80歳代の患者さんは既に会計を済ませてお帰りに・・・
・・・ワレコソガァ・・・・遅延再生能力、欠如ナリ・・・・・
以上、「さくらねこ電車の脱線」
というお話でした。
お粗末さまでした。