とある元老教授の科学的推察力

すこし古い話ですが、先の国政選挙の直前に遭遇した話をご紹介します。

その日、私は弘前駅前のホテル(※1)を会場とする青森県糖尿病週間の関連企画の学術講演会への参加を予定していました。

駅前エリアに行くついでに事前投票をしてしまおうとの思いから、早めに自宅を出発して事前投票会場の一つである弘前駅前公共施設「ヒロロスクエア(2)」へと向かいました。時あたかも時季外れの巨大台風が選挙日当日を直撃するという天気予報が出されていたこともあってか、事前投票会場は想像以上に混雑していました。

 

「思ったよりも混んでるな・・・投票を済ませるまでにあとどれくらいかかるのだろう。果たして講演会の開催時に間に合うかな?」

 

と若干不安を覚えつつも、行列最後尾の老紳士のあとに私は並びました。

 

手には投票受付用のはがきを持ちしばらく静かに並んでいると、選挙管理委員が行列を整理しながら、列の前のほうの数名にクリップボードとボールペンを手渡していました。どうやら選挙受付はがきにあらかじめ必要事項を記入してこなかった・・・・準備の悪い人間のために事前に住所、氏名を記入することを勧めているようでした。

 私も当然のように準備の悪い人間のひとりであるので、件の女性選挙管理委員からクリップボードとボールペンを受け取り、そしてついでに尋ねました。

 

「投票を終えるまでには、あとどれくらいかかりそうですか?」

 

「だいたい、7分くらいだと思いますけど・・・」

 

とのお返事でした。

 

「それなら、講演会の開始時間に十分間に合うな・・・」と不安が解消されたので、安心して受付はがぎに記入を始めました。

 

ふと、気が付くと私の目前の老紳士は、だいぶ以前に退官された弘前大学の元教授でした。元教授(3)は市内の学術講演会などにたびたび参加されており、よくよくお見受けする方です。時間も少しあるので、思い切って元教授に話しかけてみました。元教授は、「オヤッ」というお顔をされましたが・・・私のことを市内の学術講演会でよく会う医師であるということを認識してくれていたらしく、会話に応じてくれました。 

 

私:「結構・・・、並んでますね。」

 

元教授:「そうですね。」

 

私:「ちょっと待つみたいですね。」

 

というと彼はこう答えました。

 

元教授:「私もどんくらい待つのかな?と思ってさっきから観察していたんですよ。会場から出てくるかを数えていたら、分間に4-5人出てくるんですよ。それで、自分の前に待っている人数をざっと数えて、・・・・(たぶん 40-50 人くらいだったと思う)・・・・あと 10 分くらいだと思うんですよ。」

 

私:「・・・へぇ、そうですか、凄いですね・・・」

 

そう、元教授は単位時間当たりに投票所から出てくる人数を計測し、そして自分の並ぶ列の人数の概数を観察。その結果から、自分の推定待ち時間を算出したのでした。「待ち時間はどれくらいか?」という未知の情報を得るために、元教授は私とはまったく異なるスタンスをとっていたのでした。

 

「未知」なるものの情報を得たいと思ったとき、人はどのように思考し、どのような行動をとるでしょうかね?

 昨今、インターネットを通じて得られる情報量は等比級数的に増大!加えてスマートフォンやタブレットが開発されたことにより、ネットには簡単にアクセスできるようになりました。検索ワードを入力するだけで瞬時に必要な情報を取り出すことができます。それは、あまりに簡便であり、さらに情報量も圧倒的です。必要な情報はおおむねネットから収集できます。現在のように高度に情報化された社会においては、私たちはネットからの情報収集力に長け、それを使いこなすことが大事なスキルであると考えています。ネットからの情報収集が困難な人々を「デジタルデバイド(4)」だとか、「情弱(5)」だとか呼称して、差別して考えがちである。ネットへのアクセスと、情報処理を繰り返していると、「未知」に出くわした際、次にとるべき行動は「調べる」あるいは「尋ねる」・・・になりがちです。

 

それでは、元教授はどうだったか?彼は「観察して、推論する」という行動をとりました。「未知」なるもののいくつかはネットを探しても見つからない。「未知」に出くわしたときの行動にこそ、本当の能力の違いがでるとおもいます。

元教授は世代的には「デジタルデバイド」や「情弱」だとは思うのですが、問題解決能力については決して弱者では有りません。

むしろネットに依存し過ぎない人間のほうが、「未知なるもの」に対峙したときの対処能力が発揮されるように思われます。ネットへの偏重と依存は自分で推察することを放棄する危険性を孕んでいる・・・といったら言い過ぎでしょうか?

 

後日、元教授の年齢を調べてみると、実に齢 85 歳でした。「超後期高齢者!」でした。しかし、そもそも「高齢者」という括りは、このお方にとってはあまりに失礼ですね。

 その科学的推察力は強者(ツワモノ)のそれでした。彼がそのように推察した背景を考えると、おそらく普段から「自分の目で見て、自分の頭で考える。」という思考訓練を怠っていないのでしょう。素直に尊敬いたします。自分が 85 歳のとき(生きているかどうかもわからないが)、この元教授のようにできるとは到底思えません。

なにはともあれ、自分の目で見て、自分の頭で考えることがいかに大事かということを思い知る出来事でした。

 

 

1)駅前のホテル:(現アートホテル弘前シティ、旧:ホテルナクアシティ弘前、旧旧:ベストウエスタンホテルニューシティ弘前、旧旧旧:シティ弘前ホテル)1989 年に旧東急建設が弘前市駅前にオープンさせたホテル。ホテル内に複数の店舗、会議場、バンケット部門、そしてプールやフィットネス部門を有しており、ビジネスホテルとは一線を画していた。2008 年、弘前駅前に東横イン、ルートインホテルズが進出(他、ドーミーインやスーパーホテルも進出)したことにより、それ以降は客室数が供給過剰となっている。そのためか、経営が安定しないのかもしれない。

 

2)ヒロロスクエア:ヒロロは、青森県弘前市駅前にある複合商業施設。ヒロロスクエアはその 3階に設置されている行政フロアのこと。弘前市はこのスペースの利用にあたり年間 3400 万円の予算を計上しているとのこと。

 

3)元教授:1997 年に弘前大学の教授を定年退官された。現在は、介護老人保健施設長を務める傍ら、ヒロロスクエアで時々「無料健康相談」を開催している。

 

4)デジタルデバイド:情報通信技術を利用して恩恵を受ける者と、利用できずに恩恵を受けられない者との間に生ずる、知識・機会・貧富などの格差。

 

5)情弱(じょうじゃく):「情報弱者(じょうほうじゃくしゃ)」の略称。情報環境が良くない場所に住んでいたり、情報リテラシーやメディアリテラシーに関する知識や能力が十分でないために、インターネット等から必要な情報を享受できていない人。