深部静脈血栓症と肺塞栓症の話


 懇意にしていただいている整形外科の先生から、時々患者さんを御紹介されることがあります。「深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう)」の精査を行うためです。検査はCTで行いますが、深部静脈血栓を確認することだけではなく、「肺塞栓症(はいそくせんしょう)」の有無をチェックするという意味合いもあります。
深部静脈血栓症は「変形性膝関節症(へんけいせいしつかんせつしょう)」や、「大腿骨頸部骨折(だいたいこつけいぶこっせつ)」などで、下肢をあまり動かせない状況で発症します。
 CT検査を受けられる患者さんの多くは、深部静脈血栓が見つかっても小さいものが多く、採血で「D-ダイマー(※)」という数値をこまめにチェックしておけば、一般的にはあまり問題の無いことが多いようです。
しかし時に大きめの血栓を認めたときには、患者さんに抗凝固薬(こうぎょうこやく)を内服してもらったり、下大静脈フィルターという器具を血管内に埋め込んだりすることもあります。
 ところで、深部静脈血栓症はストレスや運動不足でもおこることが知られていますが、深部静脈血栓症が悪化すると深刻な肺塞栓症(はいそくせんしょう)を引き起こし時に急死に至ることもあります。これは、飛行機の狭い座席に長時間におしこめられて座った際や、震災などで狭い自動車内に長時間過ごしたときなどに発症する「エコノミークラス症候群」そのものです。
 1990年代前半のとある冬の日。医師になって数年たったころの救急当直の夜。救命外来に70歳台の大柄(相当な肥満)な患者さんが救急車で運び込まれてきました。家族に尋ねると「こたつに座ったままテレビを見ていて、トイレに立ち上がって数歩あるいたところで、「胸が苦しい」といって急にくずれ落ちて倒れた!」ということでした。患者さんは一日中こたつでゴロゴロと過ごしており、起き上がるのはトイレくらいだったとのことでした。
 患者さんが救命外来に到着したときには、意識もあり、お話もできたのですが、その後点滴を開始するかしないかのうちに、みるみる顔がどす黒くなりました。チアノーゼです。その後全身けいれん!心停止。循環器内科の先生、スタッフらと懸命に心肺蘇生をおこないましたが、あっという間にお亡くなりになってしまいました。
 何もできないうちに目前で患者さんが亡くなってしまった・・・というショックな出来事だったので、未だに鮮明に覚えています。なぜ亡くなったのか?死因はなんだったのか?その場にいた医療関係者は皆、唖然とした状況でした。それでも、亡くなったからには何らかの死因があったはずです。
 「死因」について心肺蘇生をおこなった循環器内科の先生と相談。先生は「心臓急死の場合は心筋梗塞、心筋症、不整脈などが考えられる・・・」とおっしゃわれました。循環器の先生も私もすっきりしないものがありましたが、とにかく死亡診断書には死因を記載しなければなりません。そのため直接死因の欄に「急性心不全」、その原因の欄に「急性心筋梗塞」と記載しました。しかし、本当に急性心筋梗塞だったのか?とう疑問が残り、モヤモヤした気分がしばらく続きました。
 それよりしばらくして、廊下を歩いていたところ、くだんの循環器内科の先生に突然声をかけられました。
 「あの患者さんは、急性肺塞栓症だったと思う。ただ、もし直ぐに診断がついたとしても、あの急激な進行では結果は変わらなかったと思うけどね・・・」
 と大変残念そうにおっしゃっていました。なるほど、そうか!
 あとから考えると肥満、長期臥床、こたつでの脱水により、深部静脈血栓を発症し、トイレに立ち上がった際に血栓が移動して急性肺塞栓症を発症。その後肺動脈の血流障害にて急性右心不全となり胸痛を自覚。救急車で救命外来へ。その後肺循環不良となり、酸素-二酸化炭素のガス交換が出来ず、チアノーゼになり・・・急死にいたった・・・という状況だったのかと納得しましたが、当時「急性肺塞栓症」はまだまだ珍しい病気でした。(上図参照)
 
 数年前にも、外来に「こたつで2日間ゲームに夢中になっていたら急に足が腫れてきた」という患者さんがいらしたので、調べてみたら、なるほど深部静脈血栓症でした。この患者さんも場合によっては命を落とすところだったかもしれません。(しかし、いくらなんでもいい大人がゲームに夢中になりすぎだろうと思いましたが・・・、「血栓性素因」を有していることもまれにありこうした方は要注意なのです。血栓性素因の話はいずれそのうちに・・・)
 いろいろなところに血管病のリスクは潜んでいます。血管を診察する医師としては、足が腫れたという患者さんがいらしたら、他に明かな原因がない場合は、「Dダイマー(※)」を測定して血栓ができてないかどうかを確認することが、必要と考えています。

※「Dダイマーとは」

左図が血栓です。

赤い円盤状のものが赤血球、ピンクが血小板、白い網状のものがフィブリンです。

Dダイマーは、血栓を形成しているフィブリンがプラスミンという分解酵素によってバラバラになったものの最終産物です。これを測定すると身体のなかに血栓が存在したことがわかります。